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最高裁判所第三小法廷 平成6年(オ)2415号 判決

上告人

株式会社富士喜本店

右代表者代表取締役

藤沢憲

右訴訟代理人弁護士

山根二郎

旧商号資生堂東京販売株式会社

被上告人

資生堂化粧品販売株式会社

右代表者代表取締役

直川明

右訴訟代理人弁護士

石井成一

桜井修平

佐藤りえ子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山根二郎の上告理由第一の二について

一  原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  被上告人は、我が国において最大の売上高を有する化粧品メーカーである株式会社資生堂(以下「資生堂」という。)の製造する化粧品を専門に取り扱う販売会社であり、上告人は、化粧品の小売販売等を業とする会社である。

被上告人は、資生堂化粧品の販売先である各小売店との間において、同一内容の「資生堂チェインストア契約書」に基づいて、化粧品の供給を目的とした特約店契約を締結して取引を行っており、上告人とも、昭和三七年に特約店契約(以下「本件特約店契約」という。)を締結して取引を継続してきた。

2  本件特約店契約には、その有効期間は一年間であり、当事者双方に異議がないときは更に一年間自動的に更新されるが、右期間中でも、両当事者は文書による三〇日前の予告をもって中途解約できる旨の定めがある(以下「本件解約条項」という。)。

3  本件特約店契約に基づき、特約店は、資生堂化粧品の専門コーナーの設置、被上告人の主催する美容セミナーの受講などの義務を負い、化粧品の販売に当たり、顧客に対して化粧品の使用方法等を説明したり、化粧品について顧客からの相談に応ずることが義務付けられている。

4  被上告人は、販売に当たり、顧客に対して化粧品の使用方法等の説明をしたり、顧客の相談に応ずること(以下「対面販売」という。)にしている理由として、化粧品の使用によって発生するおそれのある皮膚に関するトラブルの発生を未然に防止すること及び化粧品の販売は単なる「もの」の販売ではなく、それを使用して美しくなるとの機能を販売することが大切であるから、顧客に化粧品の上手な使い方を教えるために必要であることを挙げている。

5  資生堂化粧品は、特約店において顧客が説明を受けずに購入し、特約店側もこれに応じている例も少なくないが、なお相当数の資生堂化粧品が、専用コーナーを設けている特約店において、店員が顧客と面接し、相談や説明をして販売されている。

6  上告人は、昭和六〇年二月ころから、単に商品名、価格、商品コードを記載しただけのカタログ(商品一覧表)を事業所等の職場に配布して電話やファクシミリでまとめて注文を受けて配達するという方法(上告人はこれを「職域販売」と称している。)によって、化粧品を二割引きで販売しており、資生堂化粧品についても右の方法により販売していた。この場合、商品説明は、電話で問い合わせに答える程度であり、顧客と対面しての説明、相談等は全く予定されていない。

7  被上告人は、昭和六二年末ころ、上告人が右のような販売方法を採っていることに気付き、右カタログから資生堂化粧品を削除するよう申し入れたところ、上告人は、右カタログから資生堂化粧品を削除した。ところが、その後上告人が資生堂化粧品のみを掲載したカタログを別冊として使用していることが判明したことから、被上告人は、上告人に対し、平成元年四月一二日付けの是正勧告書と題する書面により、右のような販売方法は本件特約店契約の対面販売等を定めた条項に違反するので、これを是正するよう勧告し、双方の弁護士が折衝した結果、同年九月一九日付け合意書により、上告人において今後資生堂化粧品についてカタログに基づく販売をしないこと、本件特約店契約の各条項に適合した方法により販売することなどを取り決めた。被上告人は、前記是正勧告以降の一連の折衝の過程において、上告人の値引販売を問題にしたことはない。

8  しかし、右合意書の作成にもかかわらず、上告人が従来の販売方法を変更する態度を全く示さなかったので、被上告人は、上告人には従来の販売方法を改める意思がないものと判断して、本件解約条項に基づき、平成二年四月二五日付けで本件特約店契約を解約する旨の意思表示をし(以下「本件解約」という。)、上告人に対する出荷を停止した。

二  本件は、上告人が、本件解約の効力を争い、被上告人に対して、本件特約店契約に基づき、商品の引渡しを受けるべき地位にあることの確認及び注文済みの商品の引渡しを求めた事件であり、原審は、右事実関係の下において、上告人が本件特約店契約に定める対面販売を義務付ける約定に違反したと認めた上、本件解約条項に基づいて被上告人がした本件解約を有効なものと判断して、上告人の請求をいずれも棄却した。

三  所論は、要するに、対面販売を義務付ける約定は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)一九条が禁止する「不公正な取引方法」のうち、同法二条九項四号に基づき公正取引委員会が指定した不公正な取引方法(昭和五七年同委員会告示第一五号。以下「一般指定」という。)の12(再販売価格の拘束)及び13(拘束条件付取引)に該当するので、右約定の効力を認めた原審の判断には、独占禁止法一九条の解釈適用に誤りがある、というのである。

四  以下所論の点につき検討する。

1  独占禁止法一九条は、「事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。」と定めているところ、同法二条九項四号は、不公正な取引方法に当たる行為の一つとして、相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもって取引する行為であって、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公正取引委員会が指定するものを掲げ、一般指定の13により、「相手方とその取引の相手方との取引その他相手方の事業活動を不当に拘束する条件をつけて、当該相手方と取引すること。」(拘束条件付取引)が指定されている。このように拘束条件付取引が規制されるのは、相手方の事業活動を拘束する条件を付けて取引すること、とりわけ、事業者が自己の取引とは直接関係のない相手方と第三者との取引について、競争に直接影響を及ぼすような拘束を加えることは、相手方が良質廉価な商品・役務を提供するという形で行われるべき競争を人為的に妨げる側面を有しているからである。しかし、拘束条件付取引の内容は様々であるから、その形態や拘束の程度等に応じて公正な競争を阻害するおそれを判断し、それが公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれがあると認められる場合に、初めて相手方の事業活動を「不当に」拘束する条件を付けた取引に当たるものというべきである。そして、メーカーや卸売業者が販売政策や販売方法について有する選択の自由は原則として尊重されるべきであることにかんがみると、これらの者が、小売業者に対して、商品の販売に当たり顧客に商品の説明をすることを義務付けたり、商品の品質管理の方法や陳列方法を指示したりするなどの形態によって販売方法に関する制限を課することは、それが当該商品の販売のためのそれなりの合理的な理由に基づくものと認められ、かつ、他の取引先に対しても同等の制限が課せられている限り、それ自体としては公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれはなく、一般指定の13にいう相手方の事業活動を「不当に」拘束する条件を付けた取引に当たるものではないと解するのが相当である。

これを本件についてみると、本件特約店契約において、特約店に義務付けられた対面販売は、化粧品の説明を行ったり、その選択や使用方法について顧客の相談に応ずる(少なくとも常に顧客の求めにより説明・相談に応じ得る態勢を整えておく)という付加価値を付けて化粧品を販売する方法であって、被上告人が右販売方法を採る理由は、これによって、最適な条件で化粧品を使用して美容効果を高めたいとの顧客の要求に応え、あるいは肌荒れ等の皮膚のトラブルを防ぐ配慮をすることによって、顧客に満足感を与え、他の商品とは区別された資生堂化粧品に対する顧客の信頼(いわゆるブランドイメージ)を保持しようとするところにあると解されるところ、化粧品という商品の特性にかんがみれば、顧客の信頼を保持することが化粧品市場における競争力に影響することは自明のところであるから、被上告人が対面販売という販売方法を採ることにはそれなりの合理性があると考えられる。そして、被上告人は、他の取引先との間においても本件特約店契約と同一の約定を結んでおり、実際にも相当数の資生堂化粧品が対面販売により販売されていることからすれば、上告人に対してこれを義務付けることは、一般指定の13にいう相手方の事業活動を「不当に」拘束する条件を付けた取引に当たるものということはできないと解される。

2  次に、独占禁止法二条九項四号に基づく公正取引委員会の一般指定の12の一は、正当な理由がないのに、「相手方に対しその販売する当該商品の販売価格を定めてこれを維持させることその他相手方の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束すること。」(再販売価格の拘束)を禁じているところ、販売方法の制限を手段として再販売価格の拘束を行っていると認められる場合には、そのような販売方法は右の見地から独占禁止法上問題となり得ると解される。

これを本件についてみると、販売方法に関する制限を課した場合、販売経費の増大を招くことなどから多かれ少なかれ小売価格が安定する効果が生ずるが、右のような効果が生ずるというだけで、直ちに販売価格の自由な決定を拘束しているということはできないと解すべきであるところ、被上告人が対面販売を手段として再販売価格の拘束を行っているとは認められないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。

3  以上のとおり、対面販売を義務付けることは、一般指定の13(拘束条件付取引)及び12(再販売価格の拘束)に当たるものということはできない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第二について

記録に現れた本件訴訟の経過に照らすと、原審に所論審理不尽の違法はない。論旨は、採用することができない。

その余の上告理由について

本件解約は上告人の値引販売を理由とするものとは認められないとしたことその他所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、本件解約が信義則に違反せず、権利の濫用に当たらないとした原審の判断は、是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官金谷利廣 裁判官園部逸夫 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信 裁判官元原利文)

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